アンキーモとトロールを巡る伝説には、異説がたくさんある。トロールの祖先や家族に関する話についてもそれがいえる。以下で紹介する話は、数ある異説の1つにすぎない。
時は、銀河暦9世紀から10世紀。西暦21世紀の地球を守るトロールの、はるか遠い祖先であるトロールの物語である。
トロールの父、チロールの実の父、パロールは、惑星ウパルパに3つある大陸の1つ、ルーロッパ大陸の高地で牧畜業を営んでいた。まずまずの資産家であったパロールは、村の花屋の娘、フロールと所帯を持ち、テロール、チロールの男の子2人をもうけた。パロールは、人の作品を本歌取りして茶化すなど才能あふれる男だったが、なまじ資産があるため、不労所得で暮らすのに慣れており、道楽にのめり込むような一面を備えていた。
パロールの住む村に、ある日、遠い町から中年の女、ノロールがやってくる。きれいだが暗い影をひきずったようなところのある女である。パロールは、彼より年上のはずのノロールに誘惑され、家を出てしまった。
パロールの道楽で家計がきびしくなってきたところでの彼の逐電。お嬢様育ちのフロールは、最初のころこそ、「妖術使いに夫をさらわれて、まぁ、じょーしましょう」などと夫のマネをして洒落のめしていたが、やがて厳しい現実に直面することになる。彼女は、花をいける小さな桶をほぞぼそと扱ってきたのと手先が器用なのを生かして、湯船を売り、水周りを整備するという商いを始める。
これは力のいる仕事で、決して割のいい商売ではなかった。妹の夫が一時、手伝おうといってくれたこともあるが、彼は、まじめなものの、要領の悪い人物であった。夏に火鉢を、冬に扇を売るがごとき、士族の商法の典型のような仕事しかできない人間であったため、早々に、お引取り願った。フロールは、苦労しながらも、テロールとチロールを思春期と呼べる年齢まで何とか育て上げた。
近隣を含めて豊かさで10本の指に入る資産家は、ムロールという男であった。夏に氷室を、冬に雪遊びの山小屋の部屋を貴族や富裕な酪農家などに貸したり売ったりするという、目端の利く人物である。*1
ムロールに仕事柄、頻繁に会うようになったフロールは、粗い仕事をしているとはいえ、もともとは、優美で知性を感じさせる娘である。「同じオケなら音楽の都にオーケストラを聴きに行く側になろう」と彼に求愛されたフロールは、それに応じることにする。
その話を聞いて動揺した息子、テロールは、父を堕落させた悪女、ノロールにそそのかされ、アナーキズムの道に入ってしまう。世界を変えるためなら暴力、殺人も厭わないという主義を植えつけられてしまったテロールは、独りで山を降りていった。
フロールの妹で、一時期絵師を目指していたこともあるヌロールは、母の生き方がまだ理解できない甥っ子、チロールを引き取る決心をする。ヌロールの夫は、近隣の貴族の筆頭執事兼守備隊長のような役目を果たしていたカロールである。カロールとヌロールのもとで、チロールは、感性豊かに育った。
ところが好事魔多し、カロールが働きすぎで倒れてしまう。愚直なカロールは、適度に手を抜くということができなかった。主人が遠征に出かけた際には、城代を務める役回りのため、家でゆっくり眠ることすらできなかったのだ。
ヌロールは、絵師を目指していたこともあってペンキ職人として、チロールは羊飼いの手伝いとして必死で働いた。しかし、カロールの病状は回復せず亡くなり、悲嘆にくれたヌロールもみるみる衰弱していく。
養親2人を相次いでなくしたチロールは、何とか一人で生きていける年になっていた。しかし、楽しい思い出と悲しい思い出とが交錯するルーロッパ高地を離れる決心をする。別に彼らに責任はないのだが、母方の親戚で難が続いたこともあり、今度は、父方の係累に頼ることにした。
小さいころ、父のパロールが聞かせてくれたのは、ルーロッパ大陸の南、メデテヤラン海の岸辺の村からときどき訪ねてきてくれる父の「はとこ」、ハロールとツロールの兄弟との思い出である。3人の名前を合わせ、力で社会を守るパトロールだ、いやいや言葉で諭すハトロールだ、などと、正義の使者を気取って村を飛び回ったと語っていた。
山の村でくすぶるパロールは、やがて自分が身を持ち崩すことを予感していたようで、遠い海に思いをはせるようになる。ハロールとツロールにそれぞれ娘が生まれたと聞き、酒を飲んだときには、年端もいかぬテロールとチロールを相手に、「いつか会ったら、可愛がってやらんかい」*2とくだを巻いていた。それを思い出しながら、チロールは、一人、南下する。
波を読み、波濤の間を抜けるのが上手なハロールと、魚群の察知と釣りの技量に優れたツロールのペアは、海辺では、指折りの名漁師コンビとして知られていた。ハロールには、馬術が得意で母衣引きができるのが自慢のホロールという娘、ツロールには、泳ぎが得意なクロールという娘が、それぞれいた。
駆け回ってはいたとはいえ、野山にはつらい思い出しか持たないチロールは、潮の香のする娘、クロールに惹かれ、たちまち意気投合する。チロールが寝具店の娘、ピロールに恋慕されたり、クロールが旅の高貴な青年、マロールに言い寄られたりといろいろな出来事があったが、結局、チロールとクロールとは結ばれ、トロールが生まれる。海の好きな、この両親が、いつか遠洋漁業でマグロを得るような大きな仕事をするように−−と祈って名づけたのが、彼の名の由来である。
チロールとクロールとの恋を巡っても、トロールの成長を巡っても、いくつもの話があるのだが、紙数の関係で次の機会に譲りたい。
21世紀の地球を守るトロールの、遠い遠い先祖に関する有力な伝説の1つがこれである。