知的財産権ビジネス戦略 プロローグ

急速に注目を集め始めたサイバースペース中の知的財産権


インターネット非関税圏の波紋 反撃に転じるか、日本
マルチメディアを巡って動き始めた各省庁 国興し、村興し、会社興し、人興しと知的財産権
本書の構成

インターネット非関税圏の波紋

 「インターネットを非関税の自由貿易圏とすべきだ」--。独立記念日の7月4日を控えた97年7月1日に、米国クリントン大統領が「世界的な電子商取引のための枠組み」は、世界に波紋を広げた。多くの国は「ついに恐れていたものが来た。米国の情報覇権主義に、さらにドライブが掛かった」と受けとめたことだろう。

 インターネットを通じた電子商取引は、必ずしもアプリケーションソフトやエンタテイメントタイトルなど、知的財産(無体財産と呼んでもほぼ同じ)のやりとりを意味するものではない。しかし、世界の美術品、1700万点をデジタルデータにする権利を個人でおさえてしまった米国の若き大富豪、ビル・ゲーツなどの存在を考えると、米国の狙いの中心が知的財産の通商であることは間違いがない。大統領による発表の席にIBMのガースナー会長が同席していたことでもその意図は明らかだ。

 97年10月21日、米司法省が反トラスト法の疑いでマイクロソフトを提訴したが、これを米政府の「公正さ」とだけ解釈するのは、お人好しに過ぎるといえよう。米政府の懸念は過度の寡占によって他のプレーヤたちの体力がなくなって、競争原理が働かなくなることである。情報通信産業だけにかぎっても、AT&T、IBM、マイクロソフトと、米政府は対象を変えながら、反トラスト法を適用してきた。過度の集中化を防ぐことで、中国の易姓革命思想ではないが、適度な競争と企業の新陳代謝とを促し、王朝を入れ替えながらもこの産業の宗主国の座を守ってきたのである。

 知的財産の貿易においては、先進国が非常に有利な立場に立つ。多数の均質な労働力と広い土地を必要とする製造業では、先進的な地域への集中がやがてマイナス要員となり、発展途上の地域への拡散が起きる。しかし、ソフトハウス、製作プロダクション、出版、技術開発ベンチャーなど、優秀な人材、数人から数十人でかなりの仕事ができる業態では、相当多数の集積が生じても、それは相互作用でプラスに働きこそすれ、マイナス要因にはならない。たとえば日本の製造業では、研究開発も含めて東京離れが続いているのに、出版業では東京集中がさらに進んでいる。

 すなわち、ネットワーク上の取引に関税がなくなれば、先進国から発展途上国への知的財産の輸出が促進される。先進国陣営内部でも、米国から日欧への貿易が加速される。

 一方、特許法を中心とする工業所有権法や著作権法は、世界各国における条文や運用の共通性が古くから高かった法律である。日本でいえば明治のころから、知的財産の問題が国境を越えやすいことは認識され、多国間条約が整備されてきた。このため、ロイヤリティの取りはぐれが少ない。先進国、特に米国は、きちんと料金を徴収して、次の人材を引き抜く原資とするという良循環がまわせる。

反撃に転じるか、日本

 7月初頭の米国の提案に対し、欧州は警戒感を強めている。4月に欧州委員会が発表した報告書では電子商取引が、脱税や節税を産み出しかねないとの懸念を表明している。その裏には、電子商取引が米国主導で進んでいること、税収の減少する可能性もあることなどがある。

 一方、日本の通産省は概ね賛成だ。5月に同省が発表した報告書では、民間の自主的なルールづくりで各種の課題を解決すべきだろうという自由貿易主義寄りの論調が強い。

 特許庁もプロ・パテント(知的財産権の保護強化の方が国益にかなうと判断して保護を推進する政策)の方向を打ち出した。

 日経産業新聞は、7月2日付の一面トップで荒井特許庁長官のインタビュー記事を掲載。長官は特許法改正案を次期通常国会に提出することを明らかにした。(1)権利侵害に対する罰金を最高1億円(現在500万円)とする、(2)証拠収集手続きを強化する--などが改正の柱である。出願から成立まで、数年前まで5年前後掛かっていたが、情報の電子化と特許審査官への検索端末の配置などにより、現在は平均2年になっている。2000年には1年にする予定だ。98年からは通常のパソコンからの特許電子出願が可能になる。また98年度中にも、特許公報の要約がインターネットで無料で見られるようにする。

マルチメディアを巡って動き始めた各省庁

 ネットワークやマルチメディアに関する知的創造行為について、各省庁の動きが盛んになってきた。まず97年6月11日に著作権法の改正案が可決された。改正の目玉は、インターネットのワールドワイドウェブ(WWW)に代表されるオンラインのインタラクティブ送信に関する権利の明確化である。98年1月1日から施行されるこの改正について、本書の各章末と巻末に改正個所のほぼ全文と、解説を掲載している。

 郵政省は6月16日「通信・放送の融合と展開を考える懇談会」の答申中間報告を受け、翌6月17日、電気通信審議会の答申「情報通信21世紀ビジョン」の報告を受けた。どちらも、電子商取引の普及、認証制度の確立、セキュリティ対策、暗号政策の確立、プライバシ保護などを盛り込んだ「サイバー法」(高度情報通信社会を実現するための環境整備に関する法律)の必要性をうたっている。

 他に新聞報道だけ見ても、97年6月末から7月頭までのたった10日間に、(1)警察庁の暗号政策(朝日新聞朝刊6月24日付。本書182ページに暗号関連の記事)、(2)インターネットのWWWのアドレス(ドメイン名、URLなどとも呼ぶ)名を巡る国際条約会議の動向と米国の訴訟動向(読売新聞朝刊6月25日付。本書220ページにURLと商標関連の記事)、(3)暗号ソフトのソースコード(米RSA社)に対する米商務省(米国政府は機械語にコンパイルした後の輸出しか認めていなかった)による対日輸出許可(日経産業新聞7月2日付。本書182ページに暗号関連の記事)、(4)米最高裁による米通信品位法違憲判決を受けての、議会による「新品位法」提案の動き(読売新聞朝刊7月2日付。本書78ページにネチケット関連の記事)、(5)神戸の小学6年生殺害事件の容疑者の実名らしきものがネットワークに流れたことに伴うインターネットプロバイダ(通信接続業者)の対応(日経産業新聞7月2日付。本書78ページにネチケット関連の記事)--と、大きなニュースが続いている。

 すべてが、知的財産権の保護と密接な関係にあるとはいわないが、公安上のセキュリティの問題や、ネットワークユーザーの倫理の問題は、精神的バックボーンの面からみると、ネットワークにおける知的財産権順守の姿勢の問題に深く影を落とす。

国興し、村興し、会社興し、人興しと知的財産権

 冒頭の米国の例を見るまでもなく、いまや国興しと知的財産権とは密接に結び付いている。東京臨海副都心をはじめとする日本全国約20のマルチメディア工房や、片や希望する村民すべてにパソコンとネットワーク環境を提供したことで有名になった富山県山田村が示すように、マルチメディア関連の知的財産は、町や村を興す起爆剤になりうる。マルチメディア、ネットワーク産業が新しいベンチャー企業を立ち上げる苗床になり、また、伝統ある企業の権利を守る盾になっているのも事実である。東京臨海副都心のインキュベーション施設には、現役の学生でマルチメディア業務を請け負っている人もいるほどで、人興しの種になることも間違いない。

 これら、立村や立社の基礎となるのが知的財産権である。知的創造活動を成し遂げたものの権利を守り、ビジネス成立の拠り所となる(逆に、対価をとらずにパブリックにしたいと思ったときに、ただ乗りのコバンザメ儲け組を許さないのも、知的財産権あってこその仕業である)。

本書の構成

 本書では、14章にわたって、知的財産権と、それをよりどころにして、国を興し、村を興し、会社を興していく際の各種の問題点について論じた。各章は7節前後に分かれ、ほとんどの節が見開きで完結するようにしている。

 各章末には資料編として、98年1月1日から施行される改正著作権法の主要部分を掲載した(改正部分はすべて掲載)。

 本書が、知的財産をてこにした立村、立社を目指す人々の参考になることを願う。


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