知的財産権ビジネス戦略 第1章第1節

1-1. 世にあふれる著作権侵害


ついやってしまいそうな違法行為 著作者の許可なくして複製するのは禁止

ついやってしまいそうな違法行為

 マルチメディア時代だ、ネットワーク時代だと、世はかまびすしい。そのとらえ方にはもちろん、いろいろの考えがあるが、一つ考えられるのは、新聞、出版、印刷、映画、テレビ、有線放送、通信といった産業の垣根が取り払われる時代になったということである。そうだとすれば、情報は紙に印刷して配るもの、番組は電波を使って同時に何百万人にも向けて送り届けるもの、といった既成概念にとらわれていると、完全に取り残される。

 たとえば、中堅商社の営業マンA氏の次のような行為について、読者はどう思われるだろうか。

 商社マンA氏は、最近パソコン通信にはまってしまった。「掲示板」には全員向けのお知らせが掲載され、特定のテーマに興味のある人は「会議室」で文字ベースではあるが甲論乙駁、意見の合った人との個人的なやりとりは「電子メール」で実行すればいい。

 会議室には、A氏の主張に合った書き込みもときどきある。その中に、A氏が役員会へ提出しなければならない案件の補強にぴったりの意見があった。そこでその文章をダウンロード(ここでは、パソコン通信の内容を自分のディスクにコピーすること)。署名を消してA氏の名前に変え、役員会資料に提出した。

 会議室には、ソフトのアップロード(ここでは、会員が書いたメッセージや自作のソフトをパソコン通信に書き込むこと)も多い。その中のいくつかを試しに使ってみると、一つ大変使いやすいのがあった。ソフトを起動させた最初の画面にはどうも、使い続けるなら10ドル払うようにと書いてあるようだが、どうしたらいいかもよくわからない。ともかく使い勝手がいいので、フロッピーに入れ、会社に持っていて同僚や部下に「無料のソフトだ」といって配りまくった。

 一方A氏は、ビデオキャプチャー(画像の取り込み)が可能なワープロも持っている。トラの出てくるアニメ映画で非常に楽しい場面があったので、キャプチャーして年賀状の中心に採用。その下にしゃれた飾り文字を入れて完成した。ワープロメーカー主催の年賀状コンテストにも応募した。

 パソコン通信を読むだけで、肩身の狭い思いをしていたA氏だが、この手があると気が付いた。ビデオやCD-ROMからトラの登場するいい場面をキャプチャーして、「年賀状用クリップ集」と題してアップロードした。

著作者の許可なくして複製するのは禁止

 A氏のこの行為は、どの権利を侵害していることになるのだろう。

 まず、パソコン通信の会議室への書き込みを流用した件では、言語の著作物の権利侵害となる。自分のフロッピーにダウンロードしたことは複製権の侵害になる。アップロードしたからには、書き込み者はコピーされるのを覚悟しているはずだという論議もあるが、本人が覚悟しているからといって他者が勝手にコピーしてよいということにはならない(実際、アップロードしてあっても他者が許可なく複製してはならない)。

 ただし、著作権法には正当な引用は著者に許可を得なくてもかまわないと明記してあるので、引用ならかまわない。引用とは、数行程度のもので、引用者の説の補強あるいは対論として、論旨から見て必然性のあるものに限ると解するべきである。

 また書き込み者の署名をA氏の名前に書き換えているから、氏名表示権の侵害は明白だ。一方、書き込み者の意図に反する改変を加えれば、同一性保持権を侵したことになる。

 パソコン通信の中のソフトを使用料無料と曲解してダウンロードして配付した件も、複製権違反である。パソコン通信などを通じて配付するソフトには、フリーウェア、シェアウェアなどがある(後述の表参照)。これらの請求の権利の正当性については、説が揺れている面もある(ソフトウェアの著作権については後に詳述)。しかしともかく、アップロードされたソフトをダウンロードするには原則、著作権者(通常はシェアウェアなどの作者)の許諾が必要である。著作権者は、自分の提案した条件に従う人については、許諾願いと許諾承認という手続きは省略しましょうといっているのである。


パブリックドメインソフトの種類
パブリックドメインソフト(PDS)
公のために権利の一部を主張しないようにしたソフト。
フリーウェアやシェアウェアなどがある。
いずれも、著作者人格権を放棄しているとはかぎらない。
すべての権利を放棄したものをPDSとする考えもある。
著作権の切れたものを含む。
フリーウェア
他者がダウンロードし、無料で使い続けることを認めたソフト。
シェアウェア
他社がダウンロードし、無料で試用することを認めたソフト。
使い続ける場合には、著作権者の明示する代金(通常は十数ドル)を支払う。

 確かに、通信サービス利用者は、パソコン通信の会社とだけ契約したのであって、アップロードしてあるソフトの著作権者と契約を結んではいない。しかし、こうした通信サービス利用者とソフト著作権者の間には、ソフト著作権者の意図を尊重するという暗黙の契約が結ばれていると解釈すれば、意図に反するソフトの利用は、著作権法あるいは民法の違反になる。


ATTENTIONこの記事は、無断転載禁止です。記事の無断転載は、著作権法違反となり、刑事罰の対象となります。



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