執筆:97年11月上旬
米司法省が、世論の批判についに耐えられなくなり、形だけ伝家の宝刀を抜いた。マイクロソフトを反トラスト法(独占禁止法)で提訴した(日本経済新聞97年10月21日付夕刊)。これに先立って、米国の消費者運動のリーダーの一人であるラルフ・ネーダー氏は、マイクロソフトに対し反トラスト法の適用を求める運動に乗り出していた(朝日新聞97年10月14日付朝刊)。また、米サン・マイクロシステムズは、10月7日、Javaのライセンス契約違反で米マイクロソフトを米連邦地裁に提訴した(日経産業新聞97年10月9日付)。
まず、Javaについてである。サン・マイクロは承知のように、Javaの仕様管理を別会社に委ね、仕様をオープンにしている。どんな機種のもとでもJavaで書かれたソフトが稼働するような仕組みが定められている。これに対し、マイクロソフトのJavaは違う仕様になっている。サンの提唱するビュアJavaで書かれたソフトはマイクロソフトのInternet Explorer 4.0(以下MS-IE 4.0)では動かず、マイクロソフトがJavaだと主張している『Java』で書かれたソフトは、他のブラウザでは使えない。
マイクロソフトの非道は明らかである。皆がようやくまとめた標準と少し違ったことをするというのは、マイクロソフトの常套手段なのだ。先日、日本のIBMで、アジア向けマニュアル(オンラインヘルプを含む)に関係する知人の話を聞いた。韓国、中国、台湾にはそれぞれ日本のJISに当たる文字コードの標準がある。Windowsの文字コードセットはそれらとほんの少しずつ違うのだという。「どこの国でもちょっとだけ違う。わざと変えているとしか思えない」とその知人は証言する。
文字コードが少しでも違えば、現地にある程度のシェアを占めるOSがあったとしても、アプリケーションソフトのソフトハウスは、シェアの大きいOS、すなわちWindowsにまず対応し、他のソフトへの移植については様子見をする。こうして、世界何十億人ものデスクトップがBill(Billは米語で請求書のこと)ゲーツの御意向のままになる。Javaでも同じことが起きるだろう。大型コンピュータからオーブンレンジ組み込みのMPUまで世の中のすべてのコンピュータがWindowsマシンになれば、世界中のすべてのマシンが互換になるから、サン・マイクロの互換の理想は、別の形で実現することになる。
そのとき、米司法省は動いてくれるのだろうか。答えは否だ。米司法省の提訴は、現在はOSと別のアプリケーションであるところのブラウザを、各パソコンメーカーが選択、採用する局面において、「MS-IE 4.0を採用しないと(ネットスケープのコミュニケータにすると)、Windowsの供給に支障が生じるかもしれませんよ」とマイクロソフトが御忠告なさったのではないか、という疑念から始まっている。
マイクロソフトは、ほんの2〜3年前まで、インターネットなど役に立たない、マイクロソフトネットワークこそユーザーのためになると主張していたが、今は、インターネットの閲覧機能はOSの一部だと言い張っている。OSの一部になってしまえば、抱き合わせ販売も何もない。
米司法省は、Windows 98におけるブラウザの地位について何も触れていない。彼らが、現バージョンの問題にしかフォーカスしていない、あるいは、省外からの何らかの圧力により狭い範囲にフォーカスせざるを得ないのは明らかである。
テレビ電話、課金・決済(マイクロペイメント)、保険や銀行口座や年金の管理、ホームセキュリティ、医療履歴管理など、生活における多くの機能が、今後OSに一体化されていくだろう。百科事典もそうなる。日本のマイクロソフトは、全国の公立小中高校3万9490校に、マルチメディア百科事典のエンカルタ97(市販価格で1万5000円程度)を、約22万本寄贈すると発表した。日本におけるマルチメディア百科事典の対抗馬は日立デジタル平凡社(HDH)だけだが、経営再建中の平凡社を抱えるHDHに、数十億円の資金の余裕があるはずはない。選択の余地がなくなれば、人は迷わなくて済む。ユートピアはすぐそこまで来ている。