絵画や写真の権利も「大いなるお兄様」の手に

執筆:97年8月中旬


 ピーピーエス通信社(本社東京都中央区)は、ビル・ゲーツ氏が設立した米コービス社と日本の総代理店契約を結んだと発表した(日経産業新聞、97年8月6日付)。コービス社は、世界の有名絵画や写真などのデジタル化権を買い集めている。また、世界有数の写真コレクションとして知られる「ベットマン・アーカイブ」の1600万点を超えるプリント写真などについても、ピーピーエス通信社が「使用権」(前出新聞の表現による)をライセンスする。

 世界の文化資産である絵画や写真に関する権利が、1人の手に握られるのは、小生にはおそれ多くて、胸がしめつけられる事態である。もちろん、世界を代表する2つのパソコンOSの権利をおおさえになった大いなるお兄様ではある。何兆円かの資産を持ちながら、マックのハンバーガーで昼を済ませることも多いと伝えられる(マックの果物パイも好きなのであろう)、質素な方である。誰も疑問を感じる必要のない、ユートピアをお作りくださるのかもしれない。

 さて、デジタル化権という言葉は、2つの意味で使われることがあるので注意が必要である。上記のデジタル化権は、次の(A)の方である。2つの意味とはすなわち、(A)著作物のデジタル化を許諾する権利、(B)著作物をデジタル化したものの有する権利--である。

 著作権法で、○○権というと、著作権を除いてすべて、○○をみずから行う、あるいは○○を他社に許諾するという意味である(著作権だけは、著作した者の権利)。複製権は複製を許諾する権利、放送権は放送を許諾する権利、演奏権は演奏を許諾する権利である(演奏した者の権利ではない)。デジタル化権という言葉は著作権法の中には出てこない。しかし、上と同じ解釈なら、デジタル化を許諾する権利である(著作権法に出ていないからといって、それが問題だと言っているのではない。契約ごとなら、事物にまつわるどんな権利を取り出して、それに関する契約を結ぼうと、第三者の権利を不当に侵さないかぎり原則自由である)。

 同じく著作権法の中には出てこないが、出版社や印刷会社などがときどき口に出す権利名として「版面権」がある。版面権は、版面を作り上げた者の権利という意味である。印刷会社はときどき、デジタル化権という言葉を、古い書物を読んで文字入力したり、既存の美術原稿をデジタルイメージスキャンしたりした者の権利という意味で使うことがある。デジタル化権をこちらの方の意味で使うのはやめにしよう。議論に無用の混乱を招くからである。長くなるが「デジタル化した者の権利」と呼ぶ方がよい。

 使用権も、著作権法にはないから、契約においては意味を明確にして扱うべきである。

 前出新聞記事によると、コービス社は顧客サービスを改善するため、保有するすべてのフィルム、プリントのライセンス代理権を各国ごとに1社に集中してくださるのだという。その温かい御配慮には、胸がつまって、身震いがするほどである。


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